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東京地方裁判所 平成9年(ワ)25182号 判決 2000年2月28日

原告

シーレックス株式会社

右代表者代表取締役

【A】

被告

日本電気ホームエレクトロニクス株式会社

右代表者代表取締役

【B】

右訴訟代理人弁護士

岡田宰

広津佳子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一六四八万円及びこれに対する平成六年一一月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記のプログラムについて著作権を有する原告が、被告に対し、①主位的に、被告との間で右プログラムについて使用許諾契約を締結したとして、同契約に基づき使用許諾料等の支払を求め、②予備的に、被告が右プログラムを無断で複製、翻案の上、販売したとして、著作権侵害に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実(証拠を示した事実を除き、当事者間に争いがない。)

1  当事者

原告は、コンピュータのソフトウェアの製造、販売及びコンピュータ、その関連機器の販売等を目的とする会社である。

被告は、電気・電子機器及びその部品等の製造販売等を目的とする会社である(甲六)。

2  原告の有する著作物

原告は、「中・小ホテル旅館フロントシステム(「CーPAC」と呼ばれる場合がある。)」という名称のコンピュータ・プログラム(以下「本件プログラム」という。)について、著作権を有する。本件プログラムは、ホテル、旅館のフロント係が通常行う事務処理を電子計算機を通じて行わせるように電子計算機に対する指令を組合わせたプログラムである。

二  争点

1  プログラム使用許諾契約の成否

(原告の主張)

原告と被告は、平成六年六月一日、本件プログラムに関し、次のとおりの使用許諾契約を締結した(以下「本件契約」という。)。

(一) 原告は被告に対し、被告が群馬県、長野県、新潟県及び栃木県に所在のホテル若しくは旅館において設置する電子計算機に利用するために、本件プログラムを複製又は翻案して使用することを許諾する。

(二) 被告は、右(一)の使用許諾料として、金一六〇〇万円及び消費税額を加算した金額を支払う。支払時期は、契約締結日より一年後の平成七年五月三一日である。

(被告の反論)

否認する。

被告は、原告との間で、本件契約を締結したことはない。原告がその主張の根拠とする原告・被告間の覚書(甲一)は真正に成立したものではない。

本件プログラムの使用については、エンドユーザーであるホテルや旅館が決まってから、被告が原告に対して依頼し、その都度個別に、プログラム使用料やカスタマイズ費用を含めて価格を決定していたのであるから、被告が本件契約を締結する必要性はなかった。本件契約は、許諾の対象地域その他の条件に照らすと、許諾料が不当に高額であり、被告がこのような内容の契約を締結する合理性はなかった。

2  著作権侵害行為の有無

(原告の主張)

被告は、平成六年一〇月に群馬県所在の「長生館」に対して、同年一二月に同県所在の「大阪屋旅館」に対して、本件プログラムを含めたソフトウェアを販売したが、その際、被告は原告から引渡しを受けていた本件プログラムを、原告に無断で複製したり、翻案(顧客用に変更)した。右行為は本件プログラムに係る原告の複製権及び翻案権を侵害する。

(被告の反論)

否認する。

被告は、本件プログラムを含めたソフトウェアを、原告の子会社であるシーレックス群馬株式会社(以下「シーレックス群馬」という。)及び株式会社システムオークから購入して、それぞれ「長生館」及び「大阪屋旅館」に納入した(なお、「大阪屋旅館」に納入した本件プログラムについては、納品契約が解除され、返品されている。)。しかし、被告は、本件プログラムを複製したり翻案(顧客用に変更)したりしたことはない。

仮に、本件プログラムを被告に販売したシーレックス群馬が、正当な権限なく本件プログラムを複製、翻案していたとしても、被告は右の事情を知らないから、被告の「長生館」及び「大阪屋旅館」への頒布行為が著作権法一一三条一項二号所定の行為には当たらない。被告は、シーレックス群馬が、その商号や役員構成等からして、原告と密接に関連するいわば実質的に同一の法人であると理解していたので、同社の複製翻案行為が原告の著作権を侵害するとは認識しておらず、したがって、情を知ったものとはいえない。

3  著作権侵害行為による損害額

(原告の主張)

原告は本件プログラムの使用について、一六〇〇万円より低い金額では許諾しないことにしていたことなどからすると、被告の著作権侵害行為により原告が被った損害は、一六四八万円(一六〇〇万円に消費税率三パーセントを乗じた四八万円を加算した額)を下らない。

(被告の反論)

否認する。

仮に、被告の行為は、著作権侵害となるとしても、本件プログラム一件のみの販売行為であるから、損害額が一六〇〇万円になることはあり得ない。

また、本件プログラムは、原告と情報処理振興事業協会との共有に係り、原告は共有持分に応じた損害賠償請求しかできないから、原告の持分を超えた部分の損害額の請求は理由がない。

第三争点に対する判断

一  争点1(使用許諾契約の成否)について

1  証拠(甲一ないし四、九ないし一五、乙一ないし四、六ないし九、証人【C】、原告代表者本人、なお書証の枝番号の表記は省略する。)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 原告は、コンピュータのソフトウェアの製造、販売及びコンピュータ、その関連機器の販売等を目的とする会社である。

被告は、各種ソフトウェアをユーザーに販売する営業を行っていたが、ソフトウェアの開発については、被告の関連会社である日本電気テクノシステム株式会社(以下「テクノシステム」という。)に委託し、さらに、テクノシステムは、ソフトウェアハウスである原告に外注していた。

被告から開発の委託を受けたテクノシステムは、昭和六二年一一月ころ、原告に対し、ホテル・旅館向けの事務処理用のパッケージソフトの納入及び保守サポート業務につき、委託をしていた。

(二) 平成六年四月一日以降、被告は原告との間で、直接、ソフトウェア基本契約を締結して、被告が、ホテル・旅館向けの事務処理用のパッケージソフトをカスタマイズしたソフトウェアの納入及び保守サポートについて、原告に直接委託するようになった。なお、原告及び被告との間で、基本契約書(乙二)を作成したのは、同年八月ころである。

原告と被告との取引の実情は、先ず、被告において、納品先であるホテル・旅館から納品依頼を受けた後に、被告から原告に対して、ソフトウェアの注文書を発行した上、原告がこれに応じて納品等の作業を行うというものである。個別契約における原告の業務の対価については、業務の内容、仕様、数量等を考慮の上、個別的に合意されていた。

(三) 原告は、平成六年八月下旬ころ、事業に行き詰まり、九月三〇日ころ、従業員全員を解雇して、東京における事務所を閉鎖して、事業活動を中止し、事実上倒産した。原告は、納品済みのソフトウェアに関する保守サポート業務を継続することができなくなったため、同年一〇月六日、被告の担当者と原告代表者が、その対応について協議した。その結果、被告は原告から、原告が既に納品したソフトウェアに関するユーザーへの保守サポート業務を引き継ぎ、その業務に必要なシステム設計書、プログラム仕様書等の関連物品の引渡しを受けることとして、その旨の合意書を作成した。

(四) ところで、原告代表者は、原告と被告とは、平成六年六月一日、覚書(甲一号証、以下「本件覚書」という。)を作成することによって本件契約を締結した旨供述する(また、その旨の陳述記載もある。)。また、本件覚書(甲一号証)を見ると、「ソフトウェア使用権に関する覚書」と表題が付され、その内容として、①原告は被告に対し、本件プログラムの使用権を譲渡し(群馬県、長野県、新潟県、栃木県における非独占的な使用権)、平成六年六月三〇日までに、システム設計書、プログラム仕様書等の物品を引き渡すこと、②被告は原告に対し、使用料の対価として金一六〇〇万円(消費税別途)を支払う旨が記載され、契約書の乙欄には、「ソリューションビジネス第一本部 関東信越販売部 部長 【D】」とワープロで印刷され、職印らしき印影が顕出されている。

(五) 本件覚書については、【C】の氏名が「【D】」と誤記され、【C】の当時の所属部署の所在地が群馬県高崎市であるにもかかわらず「東京都港区」と誤記され、いずれも訂正されていない。原告代表者は、本件覚書の原本は、紛失したとして、提出していない。

被告のソリューションビジネス第一本部関東信越販売部部長の【C】は、本件契約の交渉に関与したこともなく、また著作物使用許諾契約を締結する権限を与えられていなかった。

2  以上認定した事実を基礎として、被告が原告との間で、本件契約を締結したか否かについて判断する。以下のとおりの理由により、被告が本件契約を締結する意思表示をしたと認めることはできない。

(一) 本件覚書においては、被告のソリューションビジネス第一本部関東信越販売部部長の【C】が被告を代理して契約を締結した旨の体裁が採られているが、同人は、本件契約の交渉に関与したこともなく、被告を代理して著作物使用許諾契約を締結する権限も与えられていないこと、【C】の氏名が「【D】」と誤記されていること、【C】の当時の所属部署の所在地は群馬県高崎市であったにもかかわらず、「東京都港区」と誤記されていること、原告代表者は、本件覚書の原本は、紛失したとして、提出していないこと等、原告がその主張の根拠としている本件覚書(甲一)は、契約書の形式及び体裁において、極めて不自然な点が多い。

(二) 平成六年六月ころ、原告と被告との間では、既に、ソフトウェアの注文書を発行した上、原告がこれに応じて納品及び保守サポート等の作業を行うという取引が円滑に行われていたこと、原告の個々の業務に対する対価は、個別的に合意されていたこと等の経緯に照らすならば、同年六月ころに、被告が、群馬県等の特定の地域において、本件プログラムに関する非独占的な使用権を得る地位を確保し、その対価として一六〇〇万円もの高額の支払を約束することは、通常考えられない等、本件覚書には、その内容において不自然な点が多い。

以上のとおり、被告が本件契約を締結する旨の意思表示をしたことを認めることはできず、したがって原告の主張は理由がない。

二  著作権侵害行為の有無について

1  前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 前記のとおり、平成六年九月三〇日ころ、原告は事実上倒産し、ソフトウェアに関する保守サポート業務等を実施することができなくなったため、急遽、同年一〇月六日、被告は、原告が既に供給したソフトウェアについて、原告から、ユーザーへの保守サポート業務を引き継ぎ、その業務に必要なシステム設計書等の引渡しを受けることとした。

(二) 被告は、平成六年一〇月、シーレックス群馬から、本件プログラムを購入し、これをユーザーである「長生館」に販売した(なお、被告は、シーレックス群馬から購入した本件プログラムを「大阪屋旅館」に販売したが、後に右契約は解除されている。)。

シーレックス群馬は、原告が倒産した後も、ソフトウェアの販売等の営業活動を継続していた。原告とシーレックス群馬とは、いずれも【A】が代表者であり、一部共通の取締役により構成されていること、原告と被告との間のソフトウェア販売契約においては、原告が注文を受けた場合であっても、シーレックス群馬が納品する等、原告とシーレックス群馬は取引上峻別されていなかったこと等の事実によれば、両者は、実質的に同一といえるほどに密接な関係を有していたものと解することができる。

2  右認定した事実及び前記一1で認定した事実に照らすならば、被告は、シーレックス群馬から購入した本件プログラムをそのまま「長生館」に納入したと認めることができ、被告が本件プログラムを複製したり翻案したことを窺わせる事実は認められない。これに対し、原告は、平成六年一〇月ころに、被告が原告から引渡しを受けた設計書、ソースプログラム等を利用して、本件プログラムを複製又は翻案した旨主張するが、これを裏付けるに足りる証拠はなく、原告の右主張は失当である。

結局、被告が本件プログラムを複製ないし翻案したとの原告の主張は理由がない。

なお、原告は、本件プログラムを「長生館」に頒布した被告の行為について、著作権法一一三条一項二号所定の著作権侵害行為である旨主張するかのようである。しかし、前記のとおり、シーレックス群馬は、被告との間のソフトウェアの通常の取引において、あたかも原告の一部門であるかのような活動をしていたこと、その商号や役員構成等が原告と共通していることなどの経緯に照らすと、同社は、原告と密接に関連する、実質的に同一の法人であると解するのが相当である。

仮に、シーレックス群馬が原告とは実質的に同一の法人であるとまで解することができないとしても、少なくとも、被告としては、前記の経緯に照らし、同社が原告の承諾を得ずに本件プログラムを複製していたことを知っていたということはできない。したがって、被告が本件プログラムを「長生館」に頒布した行為が著作権法一一三条一項二号によって著作権侵害行為とみなされることはなく、この点の原告の主張も失当である。

三  結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 沖中康人 裁判官 石村智)

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